仲河まさき・作
不思議なもので、毎日毎日顔を突き合わせているはずなのに、たまには離れてひとりになりたいと思ったことがない。 緊密に繋がれたリンクのせいか、ヒートストレスを振り切るために、自らに設定した「思い」の故か、離れれば離れるほどに、近く感じる。 …恋しくなる。
デジタル・カメラを片手に、オラトリオは研究所の外に出た。 今、自分が滞在している日本は、自らを生み出した製作者の故郷であり、ロボット研究が盛んなこともあって、安心して滞在できる国のひとつだ。 どこの研究室に監査に入っても、総じて研究員達は丁寧で愛想よく、たまに羨望の眼差しを向けられることはあっても、決してオラトリオの仕事を阻害まではしない。 思っていたよりも、早く仕事が終わって。オラトリオは研究所の人間に一言断ってから、デジタル・カメラを片手に中庭に出た。 日本には、四季が存在する。 夏が往き、秋を迎えたこの季節。朝晩の冷え込みが激しくなると、日本の木々達は特徴的な変化と共に、冬支度を整える。 「紅葉」だ。 赤や黄色に色づく木の葉は、やがて力つきたように枝から離れてひらひらと地面へと舞い降りる。 春の桜の鮮やかさとまた違った…それもまた「潔さ」を信条とした日本人達を表すような現象のひとつであり、今年こそはその映像資料をオラクルにも見せてやろうと思ったのだ。 <T・A>ほどの華やかさには欠けるが、この研究所の中庭には桜や紅葉。それに銀杏の木が数多く植えられている。 業者に頼むけど後の掃除が大変なんだよ、と研究員達は笑っていたが、研究棟の窓から見える緑の芝生に生える落葉の様は、わざわざ紅葉の名所に出かけるまでもなく見事なものだった。 「お土産?オラトリオ」 夢中になってカメラを向けていると、背後から苦笑交じりの声が聞こえてくる。 振り向くと、経理を担当している女性職員だった。 「いいですね、ここの研究所は。春はお花見。秋は紅葉狩りで」 「せいぜい、目を休めるために窓から見下ろす程度だけどね」 本当にそんな余裕があるわけないでしょ、と女性職員は軽く笑ってみせてから地面に腰をかがめると、形がよく色の変化のきれいな紅葉と銀杏の葉をそれぞれ手にとって、オラトリオに、はい、と手渡した。 「重さのある本に挟んで持って帰りなさい。忘れた頃に素敵な栞になってくれるから」 ウィンクと共に渡されたそれを、オラトリオはありがたく押し頂いた。 「ありがとうございます」 ぽん、と軽い音と共に、オラトリオからのメールが届いた。 オラクルは監査の報告書を開くと、軽く首を傾げる。 事前報告にはない、添付ファイルがついていた。 しかし報告書の冒頭にメッセージがある。 心配はない。ウイルスチェックをしてから、パスワードを入れて開いてくれ、と。 「お土産だ」 オラクルの顔が明るく輝いた。 素早くウイルスチェックを終えて、二人の間で取り決めたパスワードを入力するとファイルを展開させる。 瞬間。 <ORACLE>が秋色に染まった。 「わーっ」 オラクルは感嘆の声をあげ、次の瞬間には、一人でそのファイルを開けてしまったことを後悔した。 仮想現実が、<ORACLE>という仮想現実の上に重なるように展開される。 林立する日本の秋の木立。 降り注ぐ、鮮やかな、赤や黄色の木の葉達…。 『お前と一緒に見たかったな』 ボイスメッセージは、オラクルの想いと同じ言葉を告げていた。 泣きたいくらいの切なさと嬉しさ。 それを理解できる自らの「感情」の成長に驚きながら、オラクルもまた胸の前で手を組んでうなずいていた。 「私も、お前と一緒に見たかった…」 不意に、一枚の銀杏の葉が狙いすましたように、オラクルの前に降りてくる。 オラクルは組んでいた手を振り解いて、それをそっと手にとった。 銀杏の葉を裏返すと、そこには優しい「追加メッセージ」 オラクルは苦笑を浮かべて、つぶやいた。 「なーに言ってんだよ」
P.S. I Love You…。
離れていても、遠くにいても。 互いを想う、心はひとつ。
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